南部エリア
猪野瀬エリアの見どころ
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越前大仏
大仏様をはじめ日本一の高さを誇る五重塔や大仏殿など諸伽藍が配置されており、中国の国宝を再現した九龍壁があります。
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勝山城博物館
平成四年に開館した天守は五層六階からなり、館内は諸大名家の甲冑等の武具や希少な合戦図屏風、中国清朝のころの民間伝統刺繍工芸品も展示しています。
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片瀬の大岩
かつて「鼻岩」と呼ばれた奇岩は、旅人たちの道しるべとして重宝された。古来より、夜中にこの岩を通るとこびとが現れていたずらをするという。
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旧 勝山大用水
江戸時代に6か村と旧勝山町の田地500石を潤すために、大渡を取水口として作られた用水。飲用や防火用水としても用いられた。
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メロン栽培ハウス
昭和54年からハウス栽培が始まった。昼夜の温度差が大きく土壌にも恵まれたことから、市場でも高く評価されるメロンが栽培されている。
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大師山佛母寺
宝永年間に、宝慶寺28世雲波和尚により創建された曹洞宗の古刹。宝慶寺住職の隠居寺として知られ、33年に1度しか本尊を開帳しない。
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森林浴散歩コース
大師山の麓に位置する佛母寺の参道から右に折れ、NSメディア上部までを巡るコースである。長さは約2kmで、森林の中が心地よい。
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享保大洪水供養塔
享保11年に女神川の大洪水が起きた。猪野口村では53戸のうち48戸と5300石の田畑が流出・埋没し多数の死者を出した。その供養塔。
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雄岩・雌岩
享保の大洪水の際に、上流から運ばれてきた2つの巨岩。雄岩には雄蛇・雌岩には雌蛇が乗り、水を吹きながら激流を下ってきたと伝えられる。
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泰澄母の墓所
白山を開山し「越の大徳」と讃えられた泰澄大師。その母は「伊野姫」と呼ばれ、伊野原の出身であったと伝えられる。その泰澄の母の墓所。
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釣鐘田
その昔、奥州の勇・藤原秀衡が平泉寺へ多量の金が含んだ鐘を寄進した。ところが金に目がくらんだ商人がその鐘を打ち砕いた伝説を持つ。
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七里壁
大渡から下流の永平寺町鳴鹿まで延々と七里にわたって続く河岸段丘の総称。中でも猪野西側から猪野口にかけての段丘は見事な景観をなす。
平泉寺エリアの見どころ
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正光山明覚院、正光山空心房
赤尾は古来より平泉寺の一部であり多くの寺の跡がある。地元の人々の手によって、正光山空心房跡には石碑が建てられている。
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弁ヶ滝
平泉寺の和光という青年と「弁の君」と呼ばれる娘は恋仲であったが許されず、悲しんだ二人は滝に身を投げたという悲話を残す。
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白山神社本社
本殿は寛政七年に第12代福井藩主松平重富により再建された。総檜の外観や龍の彫刻が美しい。この本殿は33年に1度しか開かれない。
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二の鳥居
当時の鳥居は一向一揆で消滅したが、安政六年に再建された。鳥居の大額は、中御門天皇の皇子、天台座主公遵法親王により書かれた。
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平泉寺墓地
かつての六千坊の僧侶の墓地であった。明治に入ると村民たちの墓地になっている。400年以上前の石仏・五輪塔などが混在している。
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菩提林
表参道の林は菩提林と呼ばれている。杉の大木だけでなく、高山にしかないはずのブナの大木や珍しい沙羅の老木も見られる。
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牛岩・馬岩
菩提林を訪れる人々を驚かせていた大きな牛と馬が、ある夜が明ける頃に2つの岩になっていたとの言い伝えが残されている。
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辻観音堂
平泉寺36堂のうりで唯一の観音堂。聖観世音菩薩は開山泰澄大師の直作であり、源義経の東北下りの際に立ち寄ったといわれる。
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南谷遺跡発掘地
六千坊といわれ栄華を誇った平泉寺は一向一揆に敗れ灰燼と帰した。400年以上静かに眠っていた坊跡は平成元年から発掘されている。
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平泉寺大門市
平安時代に由来を持つ大門市は、4月中旬から11月上旬頃まで開かれ、朝7時頃から地元の人々が季節の山菜や野菜などを売っている。
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泰澄大師の廟
平泉寺白山神社を開いた泰澄大師のお墓。室町時代に作られたもので、大きさは1m47cm。その時代のお墓としては破格の大きさであった。
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平泉寺の境内「四至内」
平泉寺の全盛時、境内は、現在の平泉寺町はもちろん勝山市街地の大半と遅羽・猪野瀬地区全域が丸ごと入ってしまうほどの壮大なスケールを誇っていた。
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下馬大橋
菩提林の入り口にある橋。人々はここで馬を下りて川で汗を拭い身を清めた後に、ここから先は歩いて参拝したと伝えられている。
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三十三番観音仏
観音菩薩は平安時代から多くの庶民の信仰を受けてきた菩薩であり、菩提林にも地区の有志により寄進された33体の石仏がある。
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泰澄大師草庵の跡
泰澄大師がしばらく逗留したと伝えられる。ここには権現清水があり、どんな干ばつでも枯れない。白蛇が棲み、不浄事があると水が白濁する。
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常夜燈
村の若者が集まり、「良いお嫁さんが当たるように」と願をかけて石ころを常夜燈に投げた。傘の上に石ころが乗ると願いが叶うという。
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長坊山東海和尚の墓
昔、笹尾に疫病が流行った際に、東海和尚が人柱となって穴を掘り、その中に籠もって断食し、疫病払いの念仏を唱え続けて死んだ故事による。
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杣工房平泉寺窯
平成12年に旧・丹生郡宮崎村の陶芸家が上野の地に自宅と作業上を作り、穴窯を築き「杣工房平泉寺窯」と名づけて、食器や花器、壺などを作っている。
遅羽エリアの見どころ
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筥の渡し跡と岩如来
泰澄大師が百姓助清の箱(筥)にのって川を渡ったといわれる。岩如来には、軸に描かれていた阿弥陀が岩に移ったとの伝説がある。
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三室山
神が宿る山・御神体として崇められた三室山は、縄文遺跡でも知られる。また、中世には山城跡として、平泉寺攻略の拠点であった。
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三室の縄文遺跡
三方町の鳥浜貝塚とともに、北陸を代表する縄文遺跡であり、県指定史跡にもなっている。出土品は遅羽公民館に展示されている。
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北山惣社址
平泉寺賢聖院院領目録にその名を残す北山惣社は、その昔、九頭竜川・女神川の自然災害や、暴威を鎮める社として崇められた。
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専勝寺と山王原
開基は古く泰澄大師の頃まで遡る。その後、天台宗となり、後に蓮如証人の教化を受け真宗に帰依する。多数の経文類が残されている。
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蓬生坂と蓬生の観音さん
遅羽と鹿谷を結ぶ蓬生坂には、旅人の安全を見守る地蔵さんが祀られていた。現在は、まとめて東遅羽側のトンネル出口に祀られている。
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元京福電鉄 旧下荒井トンネル
大正三年に開通した京福電鉄は、かつて大野まで通じていた。その京福電鉄が旧国道沿いの山中に設けた最初のトンネルである。
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比島観音
平泉寺境内の東西南北の境界地点であった四至のひとつ。乾(北西)の方向に当たり、平泉寺の四天王のひとつとして祀られていた。
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バンビライン
勝山駅裏側から登り、山の尾根を歩いて発坂へ至る。途中で比島観音から比島に至る登山道がバンビラインである。展望が絶景である。

















